日本語と語順が同じで、同じような助詞の使い方をすることも(時々)あって、漢字語があることから学びやすい、ということもあり、数年前から韓国語を学ぶようになった。

はじめは目標もなく、ただ「よく見る韓国のドキュメンタリー番組やバラエティ番組によく出てくるテロップが読めるようになりたい」というそれだけの欲望だったけれど、今では「翻訳家になりたい」という壮大なる煩悩に支配されるようになった。

実は英語に情熱を持っていた頃、英語で翻訳の仕事を得られるようになれたらいいなぁなんて考えていたことがある。

その韓国語バージョンとなったわけだが、気持や本気度、理由、などなど、「なりたい」中身が全く異なっていることが自分でも笑える。

なんか、アツいし本気なんだよね、以前のそれとは違う本気「マジ」があるんだよね。

なんなんだろう、このアツさw

だけれど、今はまだ底辺でもがいている学習者の1人にすぎない。

おかしいね、こんなこと思うようになるなんて。
人って、生きているということは常に変化し続けることなんだ、と実感する。

来年のことをいうと「鬼が笑う」ってよくいうけど、そんなこと気にしないで言ってみると、来年は自分の韓国語レベルを確認するための検定を受けようと思っている。

検定を受ける、即ち、パニック障害の寛解を測ることでもある。

考えただけでも恐ろしくなる。
だけれども、そういう場に1人で居れるようになることは、パニック障害となって以来、とてつもない目標となっているのだ

この病気と共に生きていいくためにも、必要な通過点なんだと思う。

さぁ、勉強を進めるか。

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